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賀川豊彦記念 松沢資料館の学芸員による雑記帳です。仕事上の出来語や、最新のイベント情報などを掲載します。 (主観的な情報も含まれますので、館としての公式見解でないものであることをあらかじめご了承下さい。)
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これも、賀川豊彦全集月報からの引用である。日米会談のことは多くの人の情報は飛びかう。今後はこれらをきちんと整理してゆく必要があろう。しばらく目につく限りご紹介したい。その後しっかりと歴史的検証をした上で、開戦直前に賀川が関わった日米会談の顛末をまとめてゆきたいと思う。
 
 
月報12 昭和38年8月 第23巻添付
 
「日米会談の舞台裏」             阿久沢英治
 
 昭和十六年四月二十二日に渡米した賀川先生は、同年八月十八日に帰国されたが、横浜港へ迎えに行った私の顔を見るやいなや、「阿久沢君、日米会談をどう思うか」という質問を発せられた。その当時日本は支那事変という泥沼に足を踏み入れて進退難に陥り、国民を挙げて心を痛めていたのであった。日米会談というのは、時の内閣総理大臣であった近衛文麿公が事変の収拾をもてあましていたおりから、十五年十一月二十九日、米国カトリックの最高学校メリーノールの事務総長でカトリックの神父補助監督ドラウト師が産業組合中央会理事井川忠雄氏と会見したのに端を発し、近衛ルーズベルト会談の案が持ちあがり、その計画は近衛総理の共鳴となり閣議を動かし、十六年一月二十三日野村大使の特派にまで進展し、ついで井川氏及び当時陸軍軍事課長であった岩畔泰雄氏等の出発となったのである。

野村、井川、岩畔氏等の努力が漸次功を奏し、日米会談も順調のうちに展開するかに見えたが、時あたかも、独伊両主脳と会談、帰途モスコーに立寄り、スターリンと中立条約を締結、日本の運命を独りで担って立つが如く自信過剰に陥り、軒昂たる意気と凱旋将軍のような思いあがった態度で帰国した松岡外務大臣は、根本的に時局認識の見通しを誤り、近衛総理の日米会談に非協力であったばかりか、むしろこれに妨害を加える態度に、せっかくの日米会談も殆ど頓挫するかも知れぬ状態に陥ったのである。天皇陛下もお心をいためられ、近衛総理も遂に松岡首切りのために十六年七月十七日内閣総辞職をなし、翌十八日第三次近衛内閣を組閣、八月四日近衛ルーズベルト第二次会談を決意して野村大使に訓令を発し、八月二十八日近衛文書をルーズベルトに手交、近衛ルーズベルト第二次会談は本格的に軌道に乗り出すかに思われたのである。
 賀川先生は在米中、この会談成立のために三度もルーズベルト大統領に会い、井川、岩畔氏等と共に野村大使を助け尽力された結果、第二次会談即ち近衛ルーズベルトハワイ会談のお膳立も一応の目鼻がついたのであった。よって井川、岩畔氏等と共に急拠帰国してその達成に没頭されたのである。
 私はそんな事情は全然知らなかったので二どう思うか」と言われても「かいもく見当がつきませんね」と返事をするよりなかった。すると先生は、「日米会談はまとまるよ!」
と先生一流の直裁的な言葉で断言されてから、「僕は全力を挙げてこの会談成立に協力しているのだ。君も応援してくれよ」と言われた後、当時の国内情勢についていろいろと質問され、「これから出来るだけ機会をつくって世間話を聞かせてくれ」と言われた。
当時の国内情勢は、このせっかく希望をかけた日米会談は全く行きずまり、日本は何とも形容し難い重苦しい空気に包まれ、国民の意気は極度に阻喪沈滞し、証券市場の如きも全く火の消えたような閑散状態を辿っていた。それが先生らの帰国後間もなく、八月二十八日には近衛文書が野村大使を通じてルーズベルト大統領に手交され、第二次日米会談は
急に曙光を見せはじめ、九月に入ると同時に「近衛ルーズベルトハワイ会談近く閑かる」
という各新聞いっせいの報道に国民の愁眉は夜明けが来たようにひらかれ、証券市場も急
に活況を呈し始めた。しかしこの好機も、軍部のうちにあった支那事変の解決を好まぬ努力によって、九月六日には日米会談よりも戦争に重点をおくような御前会議の決定があり、南仏印の進駐となって、すべての努力は画餅に帰してしまった。
 この会談が成果を収めていたならば、日本はあんな哀しい敗戦焦土の憂目も見ず、世界の歴史も今と全く異っていたであろうに、すべては夢のように消えた。苦い思い出の記録である。
しかし、賀川先生の人類愛から出発した、平和を希う祈りは永遠に続けられて行くであろう。(日基教団東駒形教会会員)
 
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賀川資料館 学芸員 杉浦秀典
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誕生日:
1964/10/06
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