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賀川豊彦記念 松沢資料館の学芸員による雑記帳です。仕事上の出来語や、最新のイベント情報などを掲載します。(個人的な見解であり、資料館としての公式な見解ではありません。)
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ロスアンゼルスの羅府新報(現地日本語新聞)に水城ジョン先生が記事を寄せられたと、ロス在住で昨年『死線を越えて』上映会のお世話をして下がったかたより情報が届いた。リアルタイムで賀川豊彦に触れた方の貴重な証言である。以下転載させて頂きたい。

『羅府新報』2月4日付(第31.548号) 
南加キリスト教教会連合 
フリーメソジスト引退牧師 水城ジョン

「愛の人」

 昨年は、賀川豊彦先生が神戸新川のスラムに入ってちょうど100年であって、それを記念した映画も作られ、方々で上映された。わたしはそれを見て、賀川先生が1953年ブラジル伝道に行かれた時、通訳をするため、3カ月あまり、旅を一緒にさせていただいた時のことを思い起こし懐かしかった。貧しい人々の友となって、スラムの中で15年間伝道と奉仕に身を投じて労された先生の愛はどこからきたのだろうか。
 先生が講演の中でよく話されたことは、「わたしは青年時代、自分は猿の進化したものだと思っていたが、結核を患って喀血していた頃、ローガン宜教師が、夫人がアメリカに帰っておられた期間、私を抱いて寝て下さった。その時、私は降参してイエス・キリストを信じた」と。その後、サーカスで働いていた一青年が、寝る所がないと言ってローガン先生の所に来た。ローガン先生は彼に、「何日でも、何カ月でも、何年でも私の処で寝なさい」と言われた。それを聞いた青年は大声を上げて泣いた。それを見ていた賀川先生は、大いに感動し、自分もローガン先生のような愛の人になりたいと思われた。
 また、ロンドンのスラムに入って、貧しい人たちのため愛の奉仕をしたアーノルド・トインビ(歴史家アーノルド・トインビの叔父)の伝記を読んで、新川のスラムに入る決心をしたと話しておられた。賀川先生が愛の人であることは読んだり聞いたりして知っていたが、先生と旅をしながらその事実をわたしは自分の目で見た。ひとつは、レストランで食事をしてウエイターにチップをやる場合、ブラジルでは10パーセントが普通であるが、先生は20パーセントも30パーセントもやっておられた。また、ポーターにも同じようにして、 「この人たちの貸金は安いから私はそうするのだ」と言っておられた。このように細かい所にまで心を配って同情を示す敏感さをもっておられた。
 これを見てわかることは、愛の人とは人に愛された人であり、人間は愛されて、初めて人を愛する事が出来るのである。愛されたことのない人は、人を愛する事は出来ない。愛の本源である神(神は愛なりと使徒ヨハネは言った)に愛されたローガン先生は賀川先生を愛し、ローガン先生に愛された賀川先生は新川のスラムの貧しい人々を愛されたのである。賀川先生はまさしく愛の人であった。私は先生を心から尊敬している。
(フリーメソジスト引退牧師)
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プロフィール
HN:
賀川資料館 学芸員 杉浦秀典
年齢:
59
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男性
誕生日:
1964/10/06
職業:
博物館学芸員
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