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賀川豊彦記念 松沢資料館の学芸員による雑記帳です。仕事上の出来語や、最新のイベント情報などを掲載します。 (主観的な情報も含まれますので、館としての公式見解でないものであることをあらかじめご了承下さい。)
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本日はいつもお世話になっている、賀川家のご親戚の方がこられて、いろいろお話をさせて頂いた。この方のご関心は、戦後、憲法の草案に関して、誰がこの平和憲法を起案したのか?ということであった。もちろん様々な説があり、一つにはマッカサーだといい、片や幣原喜重郎だとする説もある。まだ決着はついていないそうだ。

そのなかでも、小塩完治の記述による、世界連邦建設同盟東京大会での幣原の祝辞において、重要な言説が述べられているのだというのである。

世界連邦が形成された当初、初代総裁は憲政の父、尾崎行雄である。(ちなみに尾崎行雄はキリスト者であった。現在、記念財団が憲政記念館を運営しているが、そちらでは「咢堂塾」など大変優れた企画を多数開催している。時間が取れれば小性も学びに行きたいほどだ。http://www.ozakiyukio.or.jp/)

また副総裁は、協同組合の父、賀川豊彦である。名誉顧問として、幣原喜重郎、田中耕太郎などが名を連ねていたのである…

その幣原の世界連邦東京大会での祝辞で、幣原の起案であることを示すような重大なことが述べられていると、小塩完治の記述からは読み取れるというのである。しかしながら、どうやってその祝辞を資料としてたどれるか、ここからが重大な問題である。

世界連邦(以下世連)の事務局では、まだそういった過去の資料の整備まで行っていない。昨年夏、小生が国会内の参議院会館の世界連邦国会委員会事務局まで車で行って、事務局長より多数の資料をお預かりしてきた。また世連協会からも、事務所移転に伴う資料の整理により、多数の資料を当館でお預かりしている。

もちろん世連さんの資料であるから、大切に保管するが、いつか整理をして『世界連邦アーカイブズ』を形成して頂けたらと願っている。協力は惜しまずするつもりだ。しかしながら、そのための人材、コスト、期間、どれも頭を抱える難問である。それに最低限の専門知識を学習したスタッフで取り組まなければ、資料が台無しになることも起こりうる。慎重を期さなければならないゆえ、安易に作業をお願いするわけにはいかないのである。(アーキビスト資格制度は必要である!)

それでも、いつか資料が整理され、利用できるようになれば、もしかしたら先の憲法起案論争に、大きな波紋を投げかける情報が見つかるかもしれない。そう思うと地道な作業にも夢が広がるものだ。

今週末にはアーカイブズ専攻の大学院性が実習にこられる。実習自体は賀川の資料になるが、ぜひ先に述べたような可能性をいつか夢見て頂ければと願うばかりである。
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プロフィール
HN:
賀川資料館 学芸員 杉浦秀典
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1964/10/06
職業:
博物館学芸員
趣味:
資料整理、バイク
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