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賀川豊彦記念 松沢資料館の学芸員による雑記帳です。仕事上の出来語や、最新のイベント情報などを掲載します。 (主観的な情報も含まれますので、館としての公式見解でないものであることをあらかじめご了承下さい。)
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早いもので、すでに12月を迎えてしまった。駆け足の一年であったが、まもなく賀川豊彦献身100年記念事業の年が終わろうとしている。まだ完全に終えていないうちから、これまでの軌跡を振り返るのもなんだが、年の瀬ということもあり、省みてみれば様々なことが思いをよぎる。

この2009年の記念事業については、最近になって思いついてなされたものではない。じつは前史があって、1988年に開催された「賀川豊彦生誕100年記念事業」のころから、2009年のスラム入り100年記念の事業が必要だ、ということが話題に出ていたのである。もちろんそのころはまだ参加していなかった私だが、このことはすでにご逝去された故賀川純基様から、資料管理を始めさせて頂いた2001年春頃から聞かされていた。当時は、しばしばその話題が上るごとにいったいどのようなイベントが開催されるかと、ワクワクと期待を胸を弾ませていたものであった。


そして、その布石というわけではないが、あらたな交流会がもたれるようになった。それまで地域上,
互いに遠隔ということもあってか、あまり活発な交流が、賀川関係機関相互には出来なかった。しかし鳴門市賀川記念館がに新たに建てられ、その機会に鳴門側から、全国的な交流会のご要望が上がったことから、当財団理事長が音頭をとって「賀川豊彦記念館・資料館連絡協議会」が2004年6月26日に立ちあげられるに至った。これによって各地の賀川関係機関相互の交わりと、情報交換、その後の協働の準備がなされていった。この会合は、その後加盟している各館の持ち回りで開催され、それぞれの館の歴史や現在の活動を学ぶ機会となっている。ちなみに今年は2009年の事業のため中止となった。


そして2004年11月20日には、2009年のスラム入り記念事業の企画のために、生誕記念事業の最終の報告と承認を兼ねた準備委員会が当館で開催された。これには本所賀川記念館の理事長より『2009年の企画なら、5年前である2004年には始めなければ間に合わないのではないか』というご意見が届いたからであり、それゆえ綿密な打ち合わせをかさねた上で開催されるに至った。お集まり頂いたのは、神戸、鳴門、東京の『賀川豊彦記念館資料館連絡協議会』加盟の各機関と、その他の関係する機関の方々であった。1988年当時は、”東京”とういう表現ではなく”全国実行委員会”という名称であった。神戸は現在と同じく独立した委員会で、関西実行委員会であった。

準備会では、前回1988年の全国委員会の残金の扱いを、2009年の企画へ移管する話し合いが出席者によって同意された。残金300万円のうち、1割の30万円は米国での委員会が興されたら、そちらに使って頂こうとになった。そして残り270万円については、当財団理事長から、半分の135万円を神戸へ送って、今後の活動の支度金にして頂こうという案が出され、承認された。そのほかにも全般に亘る基本的な案が出され、ほぼ承認される。これによって2009年の記念事業が事実上スタートしたのであった。年明けの翌年3月には泊まりがけで、明治学院横浜キャンパスの宿舎で、第1回ワーキングチームが企画案について知恵をひねった。
そして2005521日には、当館にて第一回の公式の全国実行委員会が開催された。それまでの準備委員会の報告や、ワーキンググループの報告およびイベントについての議論がなされた。
その後「賀川記念館資料館連絡協議会」の際に、第二回ワーキンググループを開催したり、相互の情報交換などを交わしながら、以後毎年実行委員会が積み上げられるようになる。その間に神戸の実行委員会も立ちあげられ、『神戸プロジェクト』を形成し、これに呼応して東京も『東京プロジェクト』と名称を合わせていく。

やがて東京プロジェクトでは、「企画実行委員会」という実際にそれぞれの企画を担当している責任者たちでの会合も定期的に開催されていった。そして、その2009年最後の賀川献身事業の東西での公式プログラムが、いよいよ12月22日に神戸で開催される。

振り返ると、実に2004年11月20日から、まる5年を経ていたのである。当初の予想を上回る大きな動きになってくれたことをうれしく思う。特に各協同組合関係者様が、多大なご協力を下さることにより、全国的な盛り上がりになってくれたことには、感謝の念が絶えない。またアカデミックな立場から千葉大公共哲学センターが参加してくださり、知的側面からのご貢献を頂けたことにも、合わせて感謝するばかりである。

この記念事業が終われば、これまでの関係が終わるというのではあまりに寂しい。今後も協力体制を維持し、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)として、さらなる発展をしてゆければと願っている。具体的にどんなことに汗をかいたらよいかは分からないが、個人的には、たとえば先程紹介した「賀川豊彦記念館・資料館連絡協議会」のほかに、「賀川豊彦関係機関連絡会」のような、メンバーを拡大した緩やかな集まりなどはどうかと考えている。その席を年に一回開催し、協同企画のシンポジウムや講演会、合同研修などの機会にすることも可能なのではないだろうか。お互いに定期的に集う関係が続けば、情報交換はもちろん、きっと新たな協働のアイディアも出てくるだろう。 末長くお付き合いいただけたら幸である。
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プロフィール
HN:
賀川資料館 学芸員 杉浦秀典
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1964/10/06
職業:
博物館学芸員
趣味:
資料整理、バイク
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