賀川豊彦記念 松沢資料館の学芸員による雑記帳です。仕事上の出来語や、最新のイベント情報などを掲載します。(個人的な見解であり、資料館としての公式な見解ではありません。)
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上は、賀川豊彦の写真であるが、隣に一緒に写っているのは、ハスの研究で有名な大賀一郎博士である。
大賀博士は、1902年に地元岡山で洗礼を受け、その後、第一高等学校入学時に、内村鑑三の門下生となり、卒業後は東京帝国大学理科大学植物化へ入学した。名古屋での講師勤務の後、1917に、南満州鉄道株式会社社員として、大連に渡る。途中渡米もするも満州へ戻り、1932年には、横暴な軍部と会社の体制に疑問を抱いて帰国し、戦後1950年に関東学院大学教授に着任する。
その翌年には、千葉で発見された縄文船の船だまりから、丸木舟とともに古いハスの実が発見された。3粒のうち、1粒が発芽し、翌年ピンクの花を咲かせた。大賀ハスと命名され、1952年には世界中に知らされた。おそらく多くの方がご存知のことであろう。
その大賀博士と、賀川豊彦が一緒に写っているこの写真は、1928年12月に奉天で、撮ったことが裏書に記してある。まだ、「大賀ハス」の功績が世に知られるはるか前のことだが、大賀博士が南満州鉄道にいるときに、賀川が訪ねたのである。
時は、1928年11月29日より黒田四郎と下関を出発して、満州伝道へ出かけたときである。12月24日には、神戸に帰ってきているので、短期の伝道旅行だったようだ。その旅先で出会えた同志との記念の一枚なのである。ちなみに、大賀博士は前回ご紹介した、綾部市出身のK牧師のおじい様であると聞いている。縁は異なもの味なもの、とはまさにこういうことなのだろう…
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